チベスナダイアリー

誰もまだ此れ程の阿呆の日常をありのままに書いたものはない。

「日常」の相対化〜谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』の感想〜

谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』

 

あらすじ

校内一の変人・涼宮ハルヒが結成したSOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)。ただ者でない団員を従えた彼女には、本人も知らない重大な秘密があった!? 

 

感想

面白かった……確かに面白かったのは事実なのだが、SFとアクションとジュブナイルと萌えと恋愛が二郎系ラーメンのようにマシマシになったこの混沌的建造物についていかな感想を述べるもののは、俺の決して厨二病ではない高尚な精神を大いに悩ませている。はあ、やれやれ。俺でないとこんな大仕事成し遂げられないからな。俺はため息混じりに、この文章のような脳内の思考の奔流を恥じらいもせずそのまんま垂れ流したかのような文体で書かれた小説について分析を始めた。なお、俺も一応男子だから女子の好みというものはあって、恥じらいもしていないようなのは残念ながら俺の心にヒットしないことは言っておくからな。

 

言わずと知れたライトノベル界の金字塔、偉大なるセカイ系アニメのマイルストーン、ニコ厨どもの夢の跡。うはwこれで漏れもヲタクwww

名作と名高いハルヒ、僕の感じた魅力はなんと言っても「多層性」と「相対化」でした。作品中、あらゆるキャラクターはどいつもこいつも多面性をもっています。これでもか!というほどの個性。それに伴って「普通」は相対化され、現実と非現実のパラメータ付けされた線分上で、「日常」が揺らぐ。この温度感を楽しむ小説なのかなと思います。

キャラごとに見ていくことにしましょう。

 

涼宮ハルヒ

多層性の化身であり、現実性の線分をひょいと一足で飛び越えてしまう。それどころか、線分自体を握りしめて一点にしました……みたいなカオティックな子。そんな存在。

校内一の変人でありながら、キョンにとっての「日常」たるSOS団の頭領。異常を望んでいながら、それを理性が否定している。全ての異常の爆心地でありながら、アイデンティティ・クライシスに悩む女子高生。線分を自ら無尽蔵に延長していく端点。ギャップ萌えの極北のようなキャラクターですね。

初登場時はキョンにとって「校内一の変人」だった彼女が、他のキャラクター達の告白と事件に巻き込まれるうちに「受け入れやすいくらいの変人」にまで矮小化されていき、挙句にはそのへんの歩道の上で、「特別でありたい」という、思春期にありふれた悩みを打ち明けます。最終盤で主人公と一緒に青い光の巨人に怯えていたのも、「平凡な少女」にふさわしい気がします。なんとも物悲しい。

 

SOS団員

単なるロリっ子メガネっ娘イケメン君……と見せかけて実は未来人宇宙人超能力者。揃いも揃って多層性があります。彼らの引き起こすイベント(殺されかけたり大人バージョンと話したり光の巨人を目撃したり……)に触れていく中で、キョンにとっての世界観は多層化し、「日常」は麻痺していく。これは萌えキャラが来たぞー?ハルヒにとっては思い通りに動くキャラたちで、ハルヒの「他者認識」の力がまだ未熟なことを表していますね。

 

キョン

本名すら与えられない哀れなモブ男子高校生A。物語が彼の視点で進む以上、僕ら読者にとっての「普通」は彼にとっての「普通」に重なります。キョン自身も普通であることに諦念を抱いているような描写が多く、それがやれやれ感に繋がっています。高校入学直後という環境の変化にありながら、あそこまで「いつも通りだぜ」感出せるヤツいねぇよ。

どこかハルヒと被る性格なのは、作中的に見ればハルヒがそんな存在を望んだから?メタ的に見れば、読者代表たるキョンとハルヒをシンクロさせることで、「校内一の変人」だったハルヒに親近感(=普通!)というギャップを与えるためだったのでしょう。

そんなミスター平凡な彼ですが、最終盤でハルヒの作り出した閉鎖空間に唯一閉じ込められることになります。それは「異常」を望むハルヒに認められたということであり、ハルヒにとっての「異常」だったと判明する瞬間です。隣の君の気持ちが、なによりも謎。君と一緒にいられることで、既に退屈な日常を脱している。そんな幾度となく語られたおとぎ話になるのが、ハルヒの異常性の矮小化の結末でした。たしかにハルヒから見ると、ハルヒの周りにいたヤツって、無抵抗なロリっ子、動かないメガネっ娘、飄々と何でも受け入れるイケメン、紋切り型のコミュニケーションしかしないクラスメイトと、キョンほど「思い通り」にならないやつって居ないんですよね。

キョンにとってハルヒは異常側の端点で、キョン自身は平凡側の端点。反対に、ハルヒにとってキョンは異常側の端点であり、ハルヒ自身は平凡側の端点。

ハルヒと同じく、そんな日常と異常を両方担った彼だからこそ、あの結末を導きえたのだと思います。涼宮ハルヒの日常に対する「憂鬱」は、キョンの存在によって晴らされたというのが、この物語の一応の決着なのでしょう。そしてまた、それはキョンにとっても……

どんなに平凡な人だって、他から見たら特別。

 

まとめ

名作です。思春期特有の自意識にインターネットの普及と匿名化によって揺らぐアイデンティティの問題をオーバーラップさせ、とにかく一応の決着をつけているところからも、この小説がなぜあの時代にあそこまで大流行りしたのかが理解できました。

ハルヒは、キョンは、俺なんだ!

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