チベスナダイアリー

誰もまだ此れ程の阿呆の日常をありのままに書いたものはない。

粋ぐせついちゃうー!〜ビートたけし『「さみしさ」の研究』の感想とノート

ビートたけし『「さみしさ」の研究』

目次

第1章 老い、孤独、そして独立について。
第2章 友の死、さみしいね。
第3章 ニッポン社会も老いている。
おまけ 2018最旬人物「ヒンシュク大賞」

 

要約

人間である以上、老いから逃れることは出来ない。老いていくにつれ、不自由は増え、友が死んでいく。

老いを誤魔化したり、無理に礼賛する態度は不毛だ。自己を客観視して、プライドを持って生きねばならない。

老いる程に積もる「さみしさ」とどう向き合うか。その哲学が、我々人間、そして「老いていく社会」にとっても必要とされている。

だから、ちょっとオイラの人生哲学を語らせてもらうぜ。

 

感想

面白い!滋味に溢れた内容です。芸人の書いた本は他にもいくつか読んできましたが、単純に馬鹿馬鹿しくて笑いを誘うだけのものや、アフォリズムを語ることにかまけて芸人のアイデンティティが霧散しているものの中で、頭三つ分くらい抜けています。

「さみしさ」や「老い」という普遍的なテーマを、下ネタやブラックユーモアを交えながら軽妙に語る。この辺のバランス感覚が見事ですね。

後半に行くにつれ、個人的、時事的な内容が増えますが、それに伴ってユーモアも増えるから飽きずに読めます。最初に「芸人なんだから馬鹿なこと言ってんなで済ますのが筋だぜ」なんて内容のことを言っているのもズルい。一歩も二歩も引いたところからものを見ている。

この本を読んで思い出すのは、やはり九鬼周造の『「いき」の構造』ですね。「いき」の構造では、「いき(粋)」という日本人特有の概念は、「媚態」「意固地」「諦め」の3つの側面を持つと分析されているのですが、ビートたけしの思想は正しくこの「いき」の感覚であるように思います。「いき」は花魁や武士の観念が浸透したものということですが、やはり芸事を志すという点で、似たところがあるのでしょうか?

本書の中では、しきりに「人気商売」や「ファンとの向き合い方」なんてものが語られますが、こういうところはつまるところ「媚態的」でないといけないですよね。客を引き付け、かといって飽きさせず、関係を続ける。

その一方で、国内外から様々な賞を貰いながら、それすらも笑いにできたら面白いという「笑い」への徹底したプライド。「悪人として死にたい」「まだまだやりたいことが溢れている」と言ってのける態度は、やはり「意固地(プライド)」を感じさせます。

そして、本書全体に通底する「老いへの受容」や「衰退するテレビ業界への冷めた目線」、「自己客観視」なんて言うのは、そのまま「諦め」でしょう。

これらが立体的に組み上がり、独特の魅力を醸し出しています。

どこかで「海外のラッパーに相当するのが日本の芸人である」なんて論旨の動画を見た気がしますが、こうして見ると中々に的を得た意見であるように思いますね。HIPHOPも独特の文化圏で醸成された美意識のようなものがある。

僕はこれらを語りうるほど精通している訳では無いのでこれ以上は口をつぐみますが……

まああとこれを続けると『「いき」の構造』の感想文になってしまうので、この辺にしておきます。

f:id:teru_chibesuna:20250920102836j:image

1番笑ったのは、元TOKIOの山口メンバーをメンバーと呼称するのはダサいから、山口組員とするのはどうだい?みたいなところでした。